UNISON SQUARE GARDEN『新世界ノート』『流星前夜』

 未だに探り探りの感想文ですが、コンスタントに書いていきたいとは思っています。

 

UNISON SQUARE GARDEN『新世界ノート』 7.2/10.0

新世界ノート

新世界ノート

 

 

  インディーズ時代のミニアルバムその一。今との一番の違いはやはり斉藤さんのボーカルでしょう。野性味に溢れる刺々しさは若さや勢いを存分に感じる一方で、この歌い方のまま歌い続けたら喉を潰してたやも知れぬ……と思わされる。ボイトレというのは存外大事なのかもなと思います。録音も今とはだいぶ印象が違っていて、ガレージ感のある荒削りな音は今のキラキラした音像とはえらい違い。まるで爪や牙を隠すことも知らず剥き出しにした獣のよう。

 

 と、今との違いについて先に述べましたが、田淵さんのソングライティング力やバンドの演奏力はすでにとても高く、今もライブでよく演奏されるM-6「箱庭ロック・ショー」がここに収録されているあたりにそれを感じます。M-3「さよなら第九惑星」のパンキッシュな演奏は荒っぽさもがありますが、ドラムの手数の多さやうねるベースラインなど、スリーピースとは思えない音の分厚さはこの頃から健在です。

 

 6曲中2曲がスローなテンポでありながら、ボーカルの刺々しさの印象からアルバム全体としては焦燥感の占める割合が高く、発展途上という感じもします。しかしこの若さ故に生き急ぐような勢いや、尖ったところを隠そうともせずにいる結果のアンバランスさは、もしかすると今のユニゾンには出せないものなのかもしれません。

 

 

 UNISON SQUARE GARDEN『流星前夜』 8.3/10.0

流星前夜

流星前夜

 

 

  インディーズ時代のミニアルバムその二。前作『新世界ノート』と比べてみると、アルバムの完成度が格段に上がったように思える。録音やアルバム構成などに、今のユニゾンとの繋がりをより感じられます。ポエトリーリーディングであるM-1「流星前夜」からM-2「フルカラープログラム」へのノータイムでの繋ぎなんかその典型ではないでしょうか。以降の作品との関係で言えば、『DUGOUT ACCIDENT』の「プログラムcontinued」は「フルカラープログラム」から繋がる曲だし、『Dr. Izzy』収録の「8月、昼中の流れ星と飛行機雲」はM-4「2月、白昼の流れ星と飛行機雲」を思い出させるタイトル・音像でした。

 

 さて、前作では今からはほとんど想像できない歌声だった斉藤さんですが、今作のボーカルは前作の刺々しさを残しつつ、そこに透明感もブレンドされており、今の歌声にだいぶ近づいています。曲を聴いていて、歌声に「かっこいい!」と思うことは実はあんまりないのですが、このボーカルはめちゃくちゃかっこいいなと思います。この頃の歌声が一番好きかもしれません。

 

 M-3「水と雨について」のようなロックな曲もあればM-5「MR.アンディ」のようにポップな曲もあり、それぞれを高い精度でやってのけている。この振れ幅こそUNISON SQUARE GARDENの良いところだと思うし、この時点で一度その完成形を見せた名盤だと思います。
 余談ですがジャケットも死ぬほど好きです。

 


UNISON SQUARE GARDEN - 水と雨について(PV)

 ベースソロがかっこいい。

 

 おわり。

Brian the Sun『SUNNY SIDE UP』 スピッツ『スーベニア』

 久々にアルバムの感想文を書きました。最近聴いていた2枚です。特に関連はなし。

 今回は試しに点数をつけてみましたが、完全にフィーリングなので深い意味はありません。明日には変動していることでしょう。

 

Brian the Sun『SUNNY SIDE UP』 7.0/10.0

SUNNY SIDE UP(初回生産限定盤)(DVD付)

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  M-1「隼」の夏感が好き。夏曲と言うととかく爽やかさがフィーチャーされがちで、実際この曲にもそういった爽やかな面はあるのですが、サビの音の下がり方やラスサビの半音上がるところに、それとは裏腹なメランコリーも感じられる。夏の空は見上げればあまりに眩しくて、立ち尽くすと夢か現か分からなくなる瞬間があります。そこに見えた幻の「君」、だけどその影はすぐに消え去ってしまい、空を翔ける隼に「君」を重ねて「僕」はようやく愛を知る、なんて。こういうセンチな歌詞好きです。

 


Brian the Sun 『隼』Music Video(Short ver.)


 M-2「Sunny side up」もこれまた爽やかでキャッチー。ドラムがいい味出しています。この曲で思い浮かべるのはボーイミーツガール。目玉焼きのモチーフがついたヘアゴムでサイドアップにしてる女の子が登場します。

 

 この2曲ばっかり聴いていて他はあんまりなのですが、「猫のいる風景」なんかもメロディがグッドです。「天国」も良い雰囲気だけど長い。「光」は間奏でリズムを崩した後に愚直なギターソロぶち込んでくるのがダサかっこいい。全体的に、前作『パトスとエートス』とは作風が全然違うのですが、アンニュイさのあるボーカルが相変わらずなおかげでそこはそんなに気にならない。かなり意識が外に開けたミニアルバムであるように感じました。全5曲、ほとんど2分半~3分半と短いのでサクッと聴けます。

 

 

スピッツ『スーベニア』 7.3/10.0 

スーベニア

スーベニア

 

 

 最近「みそか」がお気に入りで聴いてるアルバム。バラエティに富んでいて、個々に良い曲は多くある一方、アルバムとしての統一感、まとまりは少し弱いなという印象にありました。特に前半が歪な感じ。ストリングスが用いられた装飾過多なM-2「ありふれた人生」から、ヘヴィなリフを中心に展開するM-3「甘ったれクリーチャー」の流れとか、どんなテンションで聴けばいいかよく分からないというのが正直なところ。まあ俺がカラーのはっきりしたアルバムが好きというのもあるんですけど。

 

 しかしM-6「正夢」からM-7「ほのほ」の流れは美しいなと思うし、ここからの構成は勢いがあり、程よく緩急もついていて好き。M-8「ワタリ」なんかもかっこいいのですが、M-9「恋のはじまり」、M-10「自転車」が良いなと思います。「自転車」の跳ねるリズムから疾走感溢れるM-11「テイタム・オニール」のイントロへ、ここの流れも熱い。最後を飾るM-13「みそか」はBメロ〜サビの盛り上がりがグッときます。

 

 前半5曲くらいの雑多な印象が強くてあんまり後半まで聴こうと思ってなかった作品ですが、いざ聴いてみると、今まで聴いてなかった後半部分こそ自分の好きな感じだったという、少しもったいないパターンでした。こうやって書くと前半の印象が良くなく見えてしまいますが、なんだかんだ言って曲は良いのです、そこはやはりスピッツクオリティとでも言うべきか。個人的に前半では「ナンプラー日和」が好き。

 

 

 おわり。

雑記(2017/7/9)

 Twitterをやめて数日経ち、これでは情報が全然入ってこないと気付いたので情報収集用のアカウントを作り直しました。自分でもやることが極端だなぁとは思います。リアルで顔と名前だけ知ってるけど全然付き合いのない人にフォローされてるのがいよいよ気持ち悪くなったのがやめた主な理由。30日の猶予があるのでそのうち復活させるかもしれないけど。

 

 ところで、中学生の頃、高校受験が終わってから学校で高校受かった人の報告会みたいなのがありました。俺はそれに家庭の用事があって参加しなかったのですが、高校入学後、地元で久々に会った友人に「(報告会にいなかったから)高校行かないのではないか」などと噂されてたことを教えてもらい、(んなわけあるか……)と呆れたことをふと思い出しました。まあ実際その場にいなかったし、そんな噂が立っても仕方ないんですけどね。Twitterも突然消したし、就活終わったとか一言も言ってなかったので、就活で気を病んだんじゃねーのかとか思われてるかもしれない。今度はどんな噂をされるのか、それとも噂にもならないのか。どっちでもいいですけど。そんなことを最近は思っています。

 

 地元という言葉を使ってふと思ったのですが、高校生の頃は「地元」と言うとほんとに中学校の学区くらいを指していたのに、大学生になると市内全域や、広い時は県全体を指すようになって、自分の生息域と「地元」の範囲の大きさは比例していくのかなぁなどと思います。海外を飛び回るようになったら日本……は言い過ぎでも地方全部が「地元」になったり、宇宙に進出すれば地球全体が「地元」になったりするのでしょうか。「出身は太陽系です。ええ、あのへんまともに生活できるところが地球しかなくて……」とか言ってみたいですね。

 

 話は少し変わりますが、そこで生まれ、親の帰省で何度も訪れた土地と、今までの人生で一番長く暮らした土地と、今住んでる土地と、ついでに言えば来年から生活を始める土地がそれぞれに違う自分は、「地元」ってなんだろうなということをよく思います。他人が俺の土地遍歴を聞けば当然「一番長く暮らした土地」が地元だと思うだろうし、他人に「地元は?」と聞かれたら俺もそこを答えます。しかしそこに対する帰属意識みたいなのは実際あんまりなくて、その土地の特徴を話している時もわりと他人事のように考えてます。愛着もそれなりにあるし、帰属意識を感じないことが悲しいとかそういうことを言いたいのではなく、ただ他人ほど特別な感情は感じないんだよ~という話をしたいだけ。なのでレペゼンとか言われても全然ピンとこないという。概念としては分かるけどそれだけ。

 

 話が少しそれました。ええと、特にどこかを「地元」だと考えることは全然無いのですが、生まれた土地も暮らした土地も今住んでる土地も好きで、それぞれに仲間意識みたいなのはあるかもしれません。一つの土地を帰る場所とは思っちゃいないけど、「しばらく世話になるよ」と居座ってみたり、「よう久しぶり」と笑い合ってみたり。そういう場所のように感じているような気がします。これくらいがちょうどいい温度感でいいじゃん、と我ながらに思っております。会社の方は別に転勤とかないので、来年からしばらく東京なのですが。まあ定年まで同じ会社で働けるとは思っていないので、何かの機会や縁で全然違う土地に住むことになるのかもしれません。その辺のこともまあ、なるようになるのでしょう。

 

 と、いつもの結論に至ったところで今日は筆を置くことにします。とても雑記らしい雑記でした。最初に書いたことと最後に書いたことが全然つながってない。何も考えずに書くとこうなる。
 おわり。