アンテナ『天国なんて全部嘘さ』

天国なんて全部嘘さ

天国なんて全部嘘さ

 

  前作『底なしの愛』はスピッツの影響をもろに感じさせる作品だったのだけど、あれはあれで、それっぽいどころの騒ぎではない、むしろよくここまで「(みんながイメージするであろう)スピッツらしさ」をパクリと感じさせずに鳴らせるなと思うような作品でした。この書き方だと勘違いされるかもしれませんがとても褒めてます。アルペジオの感じとかが特にそうだと俺は思った。俺より長くスピッツを聴いてきた人に聴かせてみると、メロディの具合もたまにそれっぽさがあるそうな。ちなみにリードトラック「底なしの愛」は他の曲に比べるとスピッツ感は薄いけど、かわりにMVの方で主張してきてます。『三日月ロック』と『小さな生き物』のジャケットが見える…!


アンテナ「底なしの愛」Music Video

 

 そして今年1月にリリースされた『天国なんて全部嘘さ』ですが、こちらはパッと聴いた時に良くも悪くもスピッツ感がすごい、と言う風では全然なくて、「アンテナという歌モノバンド」としての個性をひしひし感じられるものでありました。

 まず「年中無休」にびっくりしたのですが、ドラムがこんなによかったんだ…!という。YouTubeで聴いた印象と全然違うなぁと思っていたらAlbum verだった。なるほどこのミックスは素晴らしい。抜けの良い乾いた音というよりは、どこか湿った、雨降りの午後のような感触でスネアが鳴っていて、これがまた曲にぴったりなのですね。時折手拍子が重なるのもすごくいい。それと、前作はギターがメインだったのに対し、今作ではがっつりシンセを用いているのですが、もう大正解ですねこれ。渡辺さんの歌に対して、シンセが絶妙な存在感で鳴っているのがすごく良くて、前作で何か足りないなぁと思っていたところを完璧に埋めてきた感じ。このドラムとシンセが全編通してすごく効いていて、インディーロック感がする!と全俺が大喜びです。インディーロックと言っても幅が広すぎてアレですけど、俺のイメージとしてはGalileo Galileiの「カンフーボーイ」や「ゴースト」がまさにそんな感じ。こんな直近の曲が例じゃ伝わらないかな…。

 他の楽器も含めて、鳴ってる音に随分説得力が増したなというのが一番の印象。(今回あまり目立った出番はないけど)ギターも「おはよう」で気持ち良いリフを鳴らすし、ベースはボトムを支えながらも全体的にかなりいい動き。でもやっぱドラムとシンセがすげえいいな…。音のまとまり具合もグッド。「歌モノバンド」と名乗るだけあり、「歌」をメインに据えるのはもちろんのこと、しかし「バンド」の部分も主張してきていて、うーん聴けば聴くほど頼もしさを感じる。

 

 そういう今作のいいところを全部詰め込んだのがリードトラック「天国なんて全部嘘さ」。どこかドリーミーな音像とシンセのリフがすごく好き。


アンテナ「天国なんて全部嘘さ」【1/18発売】

 最後に歌詞について。この曲は《天国なんて全部嘘さ》と繰り返すその先で、《生きてみよう とりあえずは》《味方だからずっと》と歌っている。天国なんて全部嘘さ、だけどアルバムを聴いていて感じた頼もしさは嘘じゃなかったと、俺はハッとした。

 例えば知らない誰かのために何かを頑張ろうとか、生きとし生けるもの全ての幸福を祈ろうだとか、実は俺はこれっぽっちも思えなくて、自分と周りの人間で精一杯なわけで。だけどそれを口にしたら残酷なやつだと言われるかもしれない。お前がそんなことを言っている間に遠くの何処かで誰かが傷ついているんだぞと。

 ならば、《命の数なんて無視して それでいいじゃない》と歌う彼らはやはり残酷か? 一方ではそうかもしれない。だけどハッキリそう歌うことで、彼らはその残酷さを背中に引き受けようとしてるのではないだろうか。《天国なんて全部嘘さ》と歌い十字架を背負いながら、同じように思っている人間を、つまり俺を、アンテナはどうしようもなく肯定しようとしてくれる。嫌なこともあるけど、人も死ぬけど、僕も君もとりあえずは生きてみよう、そうすればまた会えるよと。遠くの何処かって何処。誰かって誰。それより目の前の君。なんて「リアル」な優しさだろう。だけどそれは反面冷酷な話だというのも分かっている。大声で叫んでるわけでもないのに、歌に血が滲んでいるように思えてしまうのはきっとそれゆえだろう。あるいは、俺がそう思いたいだけかもしれないけれど。この歌の歌詞を借りれば、それでいいじゃない、だ。

 

 ちなみに俺は高校まで仙台で暮らしていたので、地元のバンドがこんなにいいアルバムを出してくれたのがまた嬉しいです。今後も応援したい。

 おわり。

Brian the Sun『パトスとエートス』

 

パトスとエートス

パトスとエートス

 

 Brian the Sunをきちんと知ったのはアニメ「僕のヒーローアカデミア」 のEDでした。疾走感のある、シンプルなギターロック。ロックというかポップというか、それはさておき。


Brian the Sun 『HEROES』Music Video

 加えて今回はメジャー1stフルらしい。そこまで考えると、アルバムの内容もなんとなく想像できそうな気がしませんか。初っ端からがっつりギター掻き鳴らしてくるのかなみたいな。まずキャッチーでノリの良い曲来るかなみたいな。そのノリで最後までいくのかなみたいな。

 

 しかしその予想は見事に裏切られることになりました。CDを再生してまず聴こえてくるのは静かに鳴るスネア、そしてエレキギターのアンニュイなサウンド。疾走感なんてカケラもないゆったりした曲がこのアルバムの始まりを告げるのです。ふつーアルバムの7,8曲目くらいにありそうな曲が1曲目なんてそんなのありか。

 それが打って変わって2,3曲目は、あんたらはArctic Monkeysか! と言いたくなるような、あの1st,2ndを彷彿とさせる性急なビートで攻めてくる。サウンド面では個人的にArctic Monkeysに軍配が上がりますけど、まあそこは好みもありましょう。物憂げな雰囲気を持ったメロディだとか、あまり鳴りすぎないけれど鋭いリフやフレーズをいいところに挟むリードギターなんかがBrian the Sunの持ち味なのかなと、ここまでの流れでなんとなく分かってきます。


Brian the Sun 『パトスとエートス』Music Video Short Ver.

 この流れで聴いてみると、ヒロアカの主題歌だった「HEROES」はあんまりリードギターが主張してこない曲だったことに気付かされます。3曲目のリードトラック「パトスとエートス」が要所要所でどの楽器もフレーズを重ねてくるような曲だったのだけど、逆に「HEROES」はびっくりするくらいシンプル。そこにまたバンド感を感じるのです。上に特徴として物憂げなメロディと書いたばっかりなのに、この曲はそれどころかカラッと爽やか。ほんとに同じバンドかよ。サビのメロディをなぞり始めるギターソロは正直ちょっとださいなと思っちゃうけど、デク(ヒロアカの主人公)がこういう王道なの好きそうだなと思うと全然許せる(オタクの感想)。続く「Cold Ash」もシンプルなギターロック。疾走感のある中に《誰かの言葉に心をやられてしまった》など内省的な歌詞が見えるのが印象的。1曲目の選曲といい、この曲を「HEROES」の後に歌うことといい、結構ひねくれてるバンドですな。

 アルバムの中で一番好きなのは次の曲「Maybe」。とにかくメロディが良いんです。この何とも言えない切なさ。是非夜に聴きたい。それと、しっとりしたリードギターもまた良いのですが、ベースの音もなかなか人間臭くて好きなのと、Bメロとサビのリズムがとにかくお気に入り。ラスサビの前にもう一度Bメロが来るのもいい。ここまではっきりとリズムを気に入るパターンは俺はなかなかないのだけど、この曲は聴くたび指でリズムとってしまう、聴いてなくても気付かないうちに同じリズムをとり始めてしまう。それくらい気に入ってます。


Brian the Sun 『Maybe』Music Video(前編)

 で、またギターロックに戻るのかなと思っていたら今度はダンサブルなピアノナンバー「アイロニックスター」と来て、お次はやけっぱちなギターリフが強烈な速い曲「Mitsuhide」。2,3曲目で見せたリフの鋭さを違った角度から投げてくるここの流れも結構好き。

 ラストはバラード。ほとんどピアノだけのこの曲が、どこまでも内省的なアルバムだったことを示すかのように最後に配置され、余韻とともにアルバムを締め括るのでした。

 メジャー1stフルだと言うのに作品として割と地味というか、思ったより力んでないなという印象を受けますが、四人で鳴らしてるところを想像できるようなバンド感はばっちりあります。ギターと歌との距離感が独特で、歌をメインに据え、ギターはおかずとして鳴っている感じが強いのが、俺の知ってる他の若手バンドとの大きな差かなぁと。リード曲も派手じゃないけどかっこいい。このアルバムを聴く限りでは、とにかくキャッチーであることや、大きな舞台でドカンと一発打ち上げることにあんまり重きを置いていなさそうな、性格としてわりと渋いバンドなのかなという風に思うのですが実際のところはどうなんですかね。それにしても「Maybe」が好きすぎて、なんかこれ聴けただけで俺は満足かもしれない。

 

 ところでパトスは「衝動」など一時的なもの、エートスは「習慣」や「性格」といった持続的なものを意味するギリシャ語なのですが、パトスとはpathosと綴りまして、これを英語で読むとペーソスとなり、「哀愁」という意味を持ちます。今回のアルバムは男性的な、角のあるパトスサイドな曲と、女性的で、丸くて柔らかいエートスサイドの曲とに分けられるとインタビューでは言っていたのだけど、ペーソスの意味を踏まえて聴いてみると、エートスサイドだと思われる曲も歌ってることはエートスというかペーソスだったし、もはやタイトルは『パトスとペーソス』が正しいんじゃないか? しかしそうであるならばアルバムは通して「pathos」を歌ってるわけだし、その姿勢がエートスであろうことを思えばやっぱり『パトスとエートス』が正しいのだ! というくだらない問答の果て、結局タイトルに納得したことをここに書いて筆を置くことにします。

 おわり。

内田真礼『Drive-in Theater』

 

内田真礼 MINI ALBUM Drive-in Theater(通常盤)(CD ONLY)
 

 UNISON SQUARE GARDEN田淵智也提供の新曲2曲がYouTubeに上がって、それを聴いた時に(全方位にkawaiinessをふりまくばかりのアルバムになるんだろうか…)と少し不安になったんですね実は。そこまで媚びてほしくはねえなとか、それだけじゃ胸焼けしそうだなとか。俺は1stフル『PENKI』がドチャクソお気に入りなのですが、それは色んな曲や、そこから垣間見える彼女の様々な表情に惹かれたからってのが大きくて、色々あった末の「Hello, future contact!」という展開が最高すぎるってわけなんです。さて今作の話ですが、最初の試聴の時点ではリード曲の2曲に(うわkawaiinessがすぎるやろ)と思いつつ、しかしその後試聴動画が上げられた「Moment」に(最高)と胸を打ち抜かれ結局発売を楽しみにする始末。不安になったりワクワクしたり、なんかすげえ踊らされた感。俺が勝手に踊ってただけですね。では感想の方へ参ります。

 と、その前に。今後も散々でてくる「kawaiiness」ですが、ここでは「二次元におけるかわいい」みたいな、ちょっと限定的なイメージで使っております一応。画面の向こう、スピーカーの向こうにしかないもの、というノリですが、まあややこしいのでふつーに「かわいい」だと思ってもらっていいです。


 1曲目は俺を不安にさせた件の一曲「Shiny drive, Moony dive」。


内田真礼ミニアルバム「Drive-in Theater」/「Shiny drive, Moony dive」MV short Ver.

 結論から言いましょう大好きでした。1曲聴き終わる頃には(死ぬほどkawaiinessふりまいて何が悪いんじゃ)と数日前の自分に逆ギレ。何より田淵さんの書いた歌詞がほんと田淵さんらしい遊び心満載で、前作のアルバムタイトルを歌詞にさらっと使っちゃうのなんかもうニクいわ。思わずニヤッとしちゃうじゃないか。あと内田真礼に「むにむに」って歌わせる田淵智也まじで天才だなと思います。
 (歌詞の内容、モラトリアムっつーかマージナルでは…?)と俺の中で話題の「モラトリアムダンスフロア」はお祭りビートが楽しい。サビの入り方と、最後にしゃくるところが好き。和風な合いの手が入る曲に「ダンスフロア」とカタカナのタイトルがつくの、よく考えるとむちゃくちゃだなと思うのですが、そのなんでもあり感がまた良きかな。
 そんで「Moment」、これがドンピシャ好みすぎた。どこか懐かしさを感じる歌謡曲テイストなメロディで、しっとりデジタルなバラード。乱暴に言うと「泣けるアニソン・ゲーソン」とかになりそうな感じの曲です。歌詞だけ読んだ時は特に何にも思わなかったのだけど、曲として聴くとそこに描かれた風景がくっきり鮮やかに現れるようで、好みのメロディってだけでこんなに印象変わるもんかと感動。

 続く流れで全方位kawaiinessの不安を見事に解消したのは「5:00AM」。ここまで大人びた雰囲気は『PENKI』でも見られなかった表情で、こんなのも歌うのかと少し意外。同じ声優アーティストでいえば、最近だと早見沙織とかが歌いそう。器用っすなまあやたそ。

 そしてこれまでの流れを逆からなぞるように「クロスファイア」でもう一度ドラムがドンドコお祭り騒ぎ。「Smiling Spiral」のMVにこの曲の歌詞に、いつから野球好きキャラになったんや、と突然の属性追加に驚いたんですけど実は前からだったりするのだろうか…。

 最後の曲が俺を不安にさせた曲第二弾こと「Smiling Spiral」ですが、ここまで来て最初の不安など微塵も残ってない今、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたkawaiinessだろうと諸手を上げて喜ぶ以外の選択肢はありません。ここでも『PENKI』から「Hello, future contact!」の歌詞を引用している田淵智也、見事に俺のツボをおさえており、(だからあんたの曲を追いかけるのはやめらんねえんだっ…!)と胸が熱くなりました。


内田真礼ミニアルバム「Drive-in Theater」/「Smiling Spiral」MV short Ver.

 

 内田真礼のアルバムなのに彼女より田淵智也についてばかり語ってしまった。いやでも今回MVPは彼ですよ。思い返せば、アルバムを聴く前に歌詞カードを読んだ時点でそれは決まったようなものでした。「ポニーじゃなくてグランドキャニオン」とかサムい歌詞(内田真礼の所属レーベルはポニーキャニオン)を平気で書いて人に歌わせようとする畜生っぷり、しかしそれが聴いてみると全然サムくないのは曲の強度が半端ないからでしょう。そして最初と最後に配置されているその提供曲、アルバムの構成まで視野に入れた上での提供ならもう完璧と言うほかねえ。しかも前作ともリンクしてるってんだから、ほんとにニクいなこの野郎。彼女の一番の強みであるkawaiinessを存分に引き出す曲で始まり、それだけじゃないというところを見せてもう一度そこに戻ってくる時のその説得力たるや。つか田淵さんの曲に限らずどの曲もキャッチーでポップで、うーんなんだかんだ言ったけどやっぱり最高でした!と言いたい。

 おわり。