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他人の感傷を食べるように

 他人のブログを読むのが好きだ。俺が今まで読んだことのあるブログは顔も名前も知らない人のものなので、そういう前提で話すけど、そこに綴られた感傷、追想、興奮、せめて感受性豊かであるフリをしたいけどそれもやっぱりできねえやと思う俺にとって、そういうものを自らの言葉で書き認めることができる人はすごいなと思う。そして、そこにある感傷は、顔も名前も知らない人のものなんだけど、顔も名前も知らないから、そこにいる登場人物は自分だと思ってしまえる。思う分には自由でしょ?

 

 俺は追体験するのだ。深夜のコンビニで好きな人のことを不意に思い出してサイダーを買ったこと(そんな記事を読んだことはないけど)、流れ星を待ってブランコに二時間座っていたこと(そんな記事を読んだこともないけど)、今のは例えばの話で、ここにほんとに俺が読んだ記事の内容を書くわけにはいかないので書かないけど、他人の書いたウソかホントか分からない話を真に受けて、その中に入り込む。そこに、自分の思い出を勝手に重ねたり重ねなかったり。そして最後に、元の持ち主にそれを返す。仮の名前があるから、本人は仮じゃなくて本当の名前だと思っているかもしれないけど、それはともかく、そこに返すことができる。匿名掲示板の話はそれもないので感傷的な話があってもあんまり惹かれない。顔も名前も分からないけどそこにいることが分かる人の文章が好きなのだ。

 

 感傷的な記事が好き。それを俺は食べる。食べて、自分のものにしようとして、自分も真似しようとしてみるけど、俺にはそんなセンチメンタルな日々はないしつまらない日常を上手く切り取る言葉も持っていない。かと言って論理的な話ができるわけでもなく、どちらかと言えば感情的な人間だけど、即物的な感情ばかりで、色んなモノが綯い交ぜになって苦しいとか、そんな感情はあんまり抱かない。だからせめて、他人の感傷を味わって食べるのだ。そんな感じで俺は全く知らない遠くの人の、日記みたいな記事が好き。

 

 と、こんな文章を書きたくなったのもまた好きなブログを見つけたからです。

 おわり。


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